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10円玉/ATP

竹下甚八

10円玉/ATP

竹下甚八

人間も含めてすべての生物は、ATPという物質を分子レベルの燃料に活動している。ATPという物質が少し崩れて、ADPという物質に変化する時に発生するエネルギーが生体内で起こるあらゆる反応のエネルギーとして使われている。イソギンチャクもゴキブリもゴリラもバナナもこのATPを使って生体活動を行っている。生物という存在が発生した太古の昔から、ATPはエネルギー源に用いられているという。

体を動かしたり、食べたものを消化したりするのはもちろん、「今年の秋は長かったな」とか「アルティメットタックボール(選手全員がスタンガン持って追いかけっこするスポーツ)やってみたいな」とか「たこわさって1990年前後に食品会社の忘年会の罰ゲームとして開発された食べ物で、意外と歴史が浅いんだな」とか調べたり考えたりするのにも全部このATPが使われる。

我々が毎日食事をするのも、最終的には体内でこのATPを作るためである。人間は一日に自分の体重と同量のATPを生成しては分解して、生きるためのエネルギーにしている。むしろATPを作っては分解していく様子そのものが「生きている」状態だと言い換えることもできるかもしれない。

一方で、ATPと同じような分子構造をした物質は世の中にゴマンとある。構造が似ていれば、同じような化学反応が起こる。そもそもどんな物質であれ、反応して変化すればエネルギーが出る。このことは、裏を返せば、生物のエネルギー源となる物質はATPでなくても良かったということを意味する。

ではなぜ、生物はATPをエネルギーとして利用しているのか。深く調べれば調べるほど、「単なる偶然」というのが答えになってしまうのだが、それでは身も蓋もないので、過去の偉い人達は色々な説明を捻り出した。

そのうちの1つに、「出てくるエネルギーがちょうどよく弱いから」というのがある。「エネルギーの通貨として丁度いい」とかいう表現をしたりする。ATPから発生するエネルギーが適度に弱いので、必要なエネルギーを過不足無く調整することができるのだ。

このことは、よく硬貨になぞらえて説明される。例えば、世の中に100万円硬貨しかなかったとする。ビールを一本買うのにも、100万円硬貨を差し出さなければならない。お釣りもないので、年収が500万円あっても年間にビールが5本しか買えなくなってしまう。それでは困る。(インフレが起こって世の中が100万円単位で動いていくだけなので、不都合はないのでは?というツッコミがあると思うが、例え話なので大目に見てほしい。周りの人になるべくやさしくしよう。僕もそうするから。)世の中に10円硬貨しかなかったとしよう。216円の缶ビールを買うのには22枚硬貨を出せば良い。お釣りはないが、高々4円のロスなので、100万円硬貨しかない世界よりもずっと良い。しかし、1万分の1円硬貨とかあまりにも単位が小さすぎると、今度は小銭が大量に必要になってしまい、それはそれで困る。ATPが生み出すエネルギーというのはこの10円硬貨くらいの弱さなので、調整が簡単で使い勝手が良いのである。

10円玉を拾ってめちゃめちゃ嬉しいという大人はあんまりいないだろう。クラブのトイレとかであれば、見つけても「ケッ」とか思って拾わない人のほうが多いに違いない。弱さを唾棄するとはそういうことだ。けれども、「弱い」という形容詞は単なる相対的なポジションを表す言葉でもある。弱ければ弱いほど普遍性を持ちうる。小さければ小さいほどそれを約数にもつ数字が増えるし、細ければ細かいほど同じ面積あたりの解像度を上げられる。そうやって、弱さは強みになる。今、この瞬間もあなたの体の中で発生しては消えているATPの歴史が、そのことを証明している。

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1990年生 SON OF A BITCH ⇄ MOM OF A GEEK